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横浜地方裁判所 昭和33年(行)6号 判決 1963年1月28日

原告 近藤敏夫

被告 海上自衛隊横須賀地方総監

訴訟代理人 横山茂晴 外二名

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告訴訟代理人は、主位的請求として「被告が原告に対し昭和三十二年十月十八日付でなした懲戒免職処分は無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、予備的請求として「被告が原告に対し昭和三十二年十月十八日付でなした懲戒免職処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、また被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(当事者の主張)

原告訴訟代理人は、請求の原因として「(一)原告は、昭和二十七年十一月二十日、海上自衛隊高電信一等海曹として採用され、昭和三十年四月頃より警備隊に配属され、横須賀地方総監部技術部武器課に派遣勤務を命ぜられ、同課に勤務していたものであるが昭和三十二年十月十八日付で原告より自衛隊法第四十六条第二号に該当するものとして懲戒免職処分を受け、該処分書は同日原告に交付送達された。而して、右懲戒免職処分の理由は、原告が昭和三十二年九月二十五日横浜市戸塚区戸塚町四千九百二十三番地株式会社和光電機製作所(以下、和光電機と略称する。)戸塚工場事務所において、同社勤務の訴外岡田誠より現金一万円を同社が昭和三十二年七月頃フリゲート艦「さくら」TBL送信器の修理を海上自衛隊横須賀地方総監部より受注するにあたり、原告に便宜を取り計つて貰つた謝礼として供与されるものであることの情を知りながら、交付を受け、もつて収賄したというのにある。(二)しかしながら、右懲戒免職処分には次の如き重大かつ明白な瑕疵があるから、その処分は無効である。即ち、(い)被告は、原告が右の如く訴外岡田誠より現金一万円を収賄したとの事由により懲戒免職処分をしたが、右現金一万円の授受は貸金の返済としてなされたものであり、原告には何ら収賄の事実はない。原告は、昭和三十二年四月頃舟艇隊「ひめゆり」電信員訴外岩田二等海曹より個人的にテレビ購入の世話を依頼されたので、ラジオ、電機商を営む訴外小野正に対し一年位の月賦でテレビを右岩田二等海曹に売り渡して貰いたい旨申し込み、その承諾を得、その際右岩田二等海曹の売買債務の保証人となつたところ、同年八月十三日頃原告は右小野正より同訴外人が右岩田二等海曹に売り渡したテレビの代金を問屋に支払うのに金の都合がつかないから金五万円を貸して貰いたいとの懇請を受けた。そこで、原告は、これを承諾し、弁済期を同年九月十四日と定めて金五万円を右小野正に貸与し、その際、前記和光電機に勤務すると共に右小野正の店の会計をも担当していた訴外岡田がその保証人となつたが、小野正が右弁済期日に至るもその支払をしないので、原告は、同年九月二十五日頃訴外岡田誠より右貸金五万円の内入弁済として金一万円の交付を受けてこれを受領したのである。(ろ)また、仮りに然らずとするも、本懲戒免職処分は違法な手続に基づくものである。即ち、自衛隊法施行規則(以下、単に規則という。)第七十一条によれば、懲戒免職処分は審理手続を経ねばならず、また規則第七十三条によれば、審理を行う時は仮審理者に対し規律違反の疑がある事実(以下、被疑事実と略称する。)を記載した書面を送達しなければならないとされている。然るに、原告は、被告よりかかる書面の送達を受けたことはなく、また何らの審理手続をも受けていない。したがつて、本懲戒免職処分は、何らの審理手続も経ずしてなされたもので、その瑕疵は重大かつ明白であり、本処分は無効である。仮りに、被告が本懲戒免職処分を規則第八十五条第二項の適用あるものとして同条第一項本文に準じて行つたものであるとしても、規則第八十五条第一項本文に準じて審理手続を経ずして懲戒処分を行い得るためには同条第二項に規定された如く「その規律違反事実が明白で争う余地がなく」かつ「規律違反の疑がある隊員が審理を辞退し、又は当該隊員の所在が不明である」ことを要件とするのである。ところが、被告の原告に対してなした本懲戒免職処分の事由たる規律違反事実は「明白で争う余地がない」ものでないのみならず、原告が審理を辞退した事実もない。したがつて、被告は「その規律違反事実が明白で争う余地がなく」かつ「規律違反の疑がある隊員が審理を辞退し」との要件を欠くにもかかわらず、規則第八十五条第二項を適用した誤りを犯した。よつて、被告が原告に対しなした本懲戒免職処分は重大かつ明白な瑕疵を有し、無効であると言うべきである。(三)仮りに右事由がいずれも重大かつ明白な瑕疵にあたらないとしても、本懲戒免職処分には前記(い)(ろ)の如くその規律違反の事実につき事実誤認があり、また懲戒手続にも法令に従わない違法がある。そこで、原告は、昭和三十二年十二月一日防衛庁長官に対し処分者を被申立人として事実誤認及び手続の違法を理由に本懲戒免職処分の審査請求をなし、昭和三十三年一月三十一日その受理通知の送達を受けたが、審査の請求をした日から三ケ月内に何ら結論的決定を受けなかつた。よつて、原告は予備的に本懲戒免職処分の取消を求める。なお、被告の主張事実中(一)の事実については金員授受の点は認めるが、職務関係及び賄賂の趣旨は否認する。原告は海上自衛隊の電信員であつて、電信員の職務は自衛隊通信規程及び内外国国際通信規程によるオペレーターとしての職務以外の如何なる職務も存しない。このことは、原告が前記技術部武器課に派遣勤務を命ぜられたからと言つて、何ら変るところはない。また、被告は、原告がフリゲート艦「さくら」のTBL送信器修理の契約に関し訴外和光電機に便宜を与えた旨主張するが、契約は経理部契約課の担当する事務で原告とは何ら関係がなく、武器課は契約課に対し業者を希望することは出来たが、右契約にあたり武器課で和光電機を希望した事実はない。(二)の事実については、原告が被告主張の如く逮捕せられたことは認めるが、杉本、川野、岡田のそれぞれの贈収賄の被疑事実に関する主張は知らない。原告が収賄の事実を自白したことは否認する。警察において収賄の自白をしたとするも、それは警察当局の脅迫、強制により止むなくなしたものである。また、本懲戒免職処分の原由たる規律違反の事実は「明白で争う余地のないものではない。規律違反事実が同時に刑事事件に該当する場合にはその裁判が確定して始めて当該事実が「明白で争う余地がないもの」と言い得るのである。然るに被告は、単に原告が被疑者として捜査機関から取り調べを受けている段階において、而も原告が収賄の被疑事実を否認しているのにかかわらず「規律違反の事実が明白で争う余地がない」ものとした誤りを犯した。(三)の事実については、被告が規律違反の事実を記載した書面を原告に手交したこと及び原告が審理を辞退したことは否認する。原告は、昭和三十二年十月八日横浜地方検察庁控室において、被告より原告が審理を辞退するか否か確認するため派遣された横須賀地方総監部人事課服務係厩橋一等海曹に対し審理を辞退しない旨を申し出ており、それ以後右厩橋一等海曹にもその他の自衛官にも会つたことはなく、したがつて、審理を辞退した事実はない。而も、被告が被疑事実通知書を原告に手交したと主張する昭和三十二年十月十八日当時原告は勾留中で横浜地方裁判所より接見禁止の処分を受け、法の定めるところにより書面は交付不能の状態であつた。審理辞退届も警察当局の強要によりやむなく指印したものである。」と述べ、証拠として(中略)

被告指定代理人は、答弁として「原告の主張事実中(一)の事実は認める。但し、正確には、原告は、その主張の日に海上警備隊に二等警備士補として採用され、昭和三十年三月二十九日横須賀警防隊横須賀補充部に配属され、横須賀地方総監部技術部武器課に派遣勤務を命ぜられたものである。(二)の事実のうち(い)の事実は、金一万円の授受の点を除き、これを否認する。訴外小野正が訴外岩田二等海曹に交付したテレビは、別紙犯罪事実一覧表(三)記載のとおり原告が右小野正から贈賄されたものであつて、原告は、これを右岩田二等海曹に売却したのである。(ろ)の事実については、規律に違反した隊員を懲戒免職処分に付するについては原則として被疑事実を記載した書類を規律違反の疑がある隊員に送達して審理を行うことになつていることは認めるが、原告が右書類の送達を受けなかつたとの点は争う。被告は、昭和三十二年十月十八日右書類を原告に交付したところ、原告は審理を辞退したので規則第八十五条第二項を適用して本懲戒免職処分をしたのである。なお、審理手続を経ずして規則第八十五条第二項に則り懲戒免職処分を行い得るためには原告主張の如き要件を必要とするものであることは認めるが、被告がその要件を欠くのにかかわらず同法条を適用したとの点は争う。(三)の事実については、原告が防衛庁長官に対しその主張の日に主張の如き審査の請求をなし、昭和三十三年一月三十一日付をもつてその受理通知の送達を受けたことは認めるが、本懲戒免職処分には何らの違法もない。因みに、原告の右審査請求に対し、防衛庁公正審査会は、審査の結果、昭和三十五年十一月三十日「公正審査会は、海上自衛隊横須賀地方総監が昭和三十二年十月十八日付をもつて行つた一等海曹近藤敏夫に対する懲戒免職処分を承認する。」との判定をなし、右判定書はその頃原告に送達された。なお、被告が原告を懲戒免職処分に付した経緯は次のとおりである。即ち、(一)原告は、もと海上自衛隊一等海曹として昭和三十年三月二十九日から昭和三十二年十月十八日まで海上自衛隊横須賀地方総監部技術部武器課電波係に配属され、通信器材及び電波器材(以下通信器材等と略称する。)の整備並びにその製造、改造、維持及び修理(以下造修と略称する。)の監督等の職務を担当し、通信器材等の造修を民間業者に発注する場合には、その仕様書、見積書を作成し、工事の結果についてはこれを検査する外、時には業者の選定にも関与する地位にもあつたものであるが、昭和三十二年九月二十五日訴外和光電機戸塚工場事務所において同社の被傭者である訴外岡田誠から同社が同年七月頃フリゲート艦「さくら」のTBL送信器の修理工事(契約価格十二万円)を横須賀地方総監部より受注するにあたつて同社を希望業者として推せんして貰うとともにその監督、検査等にあたつて穏便、便宜な取計らいを受けたことに対する謝礼並びに将来取引上の便宜を取り計らつて貫いたい趣旨のもとに供与されるものであることの情を知りながら、現金一万円の供与を受けたのである。(なお、原告にはこの外にも別紙犯罪一覧表記載の如き金品取受の事実がある。)(二)而して、右事実は、原告がこれを被疑事実として昭和三十二年十月七日神奈川県警察本部に逮捕されたものであること、そして逮捕当初から原告は訴外岡田誠から現金一万円を受領したことを認めていたこと、もつとも原告は、右一万円は貸金の返済として受領したものであると弁解していたが、原告が前記職務を担当するに至つて知り合つた出入業者たる岡田との間に、金銭の貸借関係を生ずべき合理的な理由はこれを見出しがたく、岡田と接触のあつた原告の同僚たる武器課所属の訴外杉本宗平一等海曹も原告と日を同じくして右岡田より収賄した疑をもつて逮捕され、右逮捕の翌日である十月八日には右杉本、岡田ともそれぞれの被疑事実たる贈収賄の事実を自白しまた、原告の同僚たる武器課所属の訴外川野庄市一等海曹も右杉本と共謀して岡田より収賄した疑をもつて十月十五日に逮捕され、岡田は八日に、川野は右逮捕の当日にそれぞれ右贈収賄の事実を自白していること、而して原告も同月十六日には収賄の事実を自白し、岡田はそれより先七日にすでに贈賄の事実を認めていたこと等の事情から綜合判断して争う余地のない程明白なものであると言わなければならない。(三)以上の如く、原告の規律違反の事実は明白で争う余地のないものであつたので、被告はこれを懲戒免職事由となすことについて原告に審理を請求する意思ありや否やを確かめるべく横須賀地方総監部人事課服務係一等海曹厩橋竜雄をして昭和三十二年十月八日と十八日に原告の勾留されている神奈川県警察本部刑事部捜査第二課加賀町分室に派遣して同課職員を通じて原告に右趣旨を告げしめ、十七日には横浜地方検察庁の面会所において直接原告に右趣旨を告げ、かつ十八日捜査第二課職員を通じて原告に被疑事実を記載した書類を手交したところ、同日原告は任意塞理辞退届に署名指印し、同課職員を通じてこれを被告に提出したので、被告は、懲戒補佐官の意見を聞いて同日付で原告を懲戒免職処分にしたのである。仮りに被疑事実を記載した書類の交付がなかつたとしても、そのこと自体が本件懲戒免職処分の取消事由にあたらないことは規則第八十五条の規定からみても明らかである。」と述べ、証拠として(中略)

理由

一、 (原告の身分と懲戒免職処分)

当事者間に争いのない事実及び成立に争いない甲第一号乃至第三号証、乙第五号証、第二十号証、第九十九号証及び第百号証によると、原告は、昭和二十七年十一月二十日海上警備隊に二等警備士補として採用され、昭和二十八年六月一日一等警備士補に進み、昭和二十九年七月一日自衛隊法の施行により一等海曹の階級の海上自衛隊の自衛官となり、昭和三十年四月頃から構須賀地方総監部武器課に派遣勤務を命ぜられ、同課に勤務していた者であること及び原告は昭和三十二年十月十八日当時の海上自衛隊横須賀地方総監海将吉田英三より同日付で自衛隊法第四十六条第二号に該当するものとして懲戒免職処分を受け、該処分書は同日原告に交付送達されたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。而して、右懲戒免職処分の原由たる規律違反の事実は、原告が昭和三十二年九月二十五日頃横浜市戸塚区戸塚町四千九百二十三番地和光電機戸塚工場事務所において同社勤務の訴外岡田誠より現金一万円を同社が昭和三十二年七月頃フリゲート艦「さくら」のTBL送信器の修理を海上自衛隊横須賀地方総監部より受注するにあたり原告に便宜を計らつて貰つた謝礼として供与されるものであることの情を知りながら交付を受け、もつて賄賂を収受したと言うにあることは当事者間に争いがない。

二、 (規律違反事実の存否)

ところで、原告は右規律違反事実を争い、昭和三十二年九月二十五日前記和光電機戸塚工場事務所において同社勤務の訴外岡田誠より現金一万円を受け取つたことは認めるが、右は貸金の弁済としてなされたものであり、賄賂の収受ではない旨主張するのでこの点につき検討するのに、成立に争いのない乙第一、第五、第七、第十三、第十五、第二十、第二十一、第二十二、第二十三、第二十八、第三十五、第五十一、第六十一、第六十八、第八十八、第八十九、第九十五、第九十九及び第百号証、公文書であることにより真正に成立したものと推定すべき乙第六号証及び第八号証、証人岡田誠及び同佐伯輝雄の各証言(但し、乙第五号証については後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、原告は、昭和三十年四月頃(この点については当事者間に争いがない。)から昭和三十二年十月頃までの間海上自衛隊横須賀地方総監部技術部武器課電波係員として電波係長の指示の下に艦船用通信材料等の造修工事等の契約に関し、業者による造修工事を必要とするかどうかの判別及び造修を必要とする箇所ないしは造修工事について自己の推せんする競争入札希望業者の氏名等を記載した仕様書、予量書の立案作成、右工事の監督及び諸検査の実施、検査調書の作成等の職務を分掌していたものであり、訴外岡田誠は、昭和三十一年八月頃から昭和三十二年十二月末頃まで前記総監部の指定業者となつていた無線器等の修理、販売を業とする前記和光電機の戸塚工場長の職にあつたものであるところ、右和光電機は昭和三十二年六月下旬頃フリゲート艦「さくら」の装備無線機TBL送信器一台の修理(契約価格十二万円)を請け負つたが、この落札について同社は原告から電波主任(その後係長と改称。)の佐伯輝雄三等海佐に希望業者として推せんして貰うと共に修理後の検査に当つても出港間際であつたので比較的ゆるやかな検査をして貰う等便宜な取計らいをして貰つたため、同社戸塚工場長岡田誠は、その謝糺の趣旨で金一万円を原告に供与し、原告もその趣旨で供与されるものであることの情を知りながらこれを収受したことが認められ、乙第五号証中右認定に反する部分及び右認定に反する乙第十六、第十七、第五十二、第五十四、第五十九、第六十二、第六十三、第六十六及び第六十七号証、証人小野正の証言及び原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照してにわかに措信しがたく(仮りに、原告が訴外小野正に金五万円を貸与したことが事実であるとしても訴外岡田誠が右小野正の債務につき保証人となり、本件金一万円の授受がその内入弁済である旨の右供述、記載は到底措信できない)、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

してみると、原告は前記武器課電波係員たる職務に関し金一万円の賄賂を収受したものと言う外なく、これが自衛隊法第四十六条第二号に触れるものであることは明らかなところである。したがつて、懲戒免職処分の原由たる規律違反事実に関する事実誤認を理由とする原告の本件懲戒免職処分無効の主張は理由がなく、かつこの点については本件懲戒免職処分を取り消すべき何らの違法もない。

三、 (懲戒手続の適法性について)

次に、原告は、仮りに右主張が容れられないとしても、被告横須賀地方総監は、原告を懲戒免職処分に付するにあたり被疑事実を記載した書面を原告に送達せず、かつ規則第七十一条の審理手続も執らず、また右処分が規則第八十五条第二項に基づき審理手続を省略してなされたものとするならば、その要件を欠くにもかかわらずこれを適用した誤りがある旨主張する。而して、規則第八十五条第二項によると、「規律違反の事実が軽処分をこえる場台においても、その事実が明白で争う余地がなく、且つ規律違反の疑がある隊員が審理を辞退し、叉は当該隊員の所在が不明のときは、前項本文の規定に準じて処分を行うことができる。」とあつて、懲戒手続を執らずに懲戒免職処分を行うためには規律違反事実の明白性と当該隊員の審理辞退とを要件とするものであることは明らかであるが、成立に争いない甲第二号証、乙第十二号証及び第百一号証、証人厩橋竜雄及び同滝沢保男の各証言によると、昭和三十二年十月七日原告が前記収賄容疑で神奈川県警察本部に逮捕されるや、被告(但し、当時の地方総監は海将吉田英三であつた。)は、早速逮捕事実を懲戒免職事由とすることについて原告に審理を請求する意思ありや否やを確かめるべく、横須賀地方総監部人事課服務係一等海曹厩橋竜雄をして昭和三十二年十月八日原告の逮捕されている神奈川県警察本部加賀町分室に派遣して面会を求めしめたところ、原告は面会を拒絶したので、藤尾刑事を通じて原告に来訪の趣旨を告げ、さらに同月十七日横浜地方検察庁の玄関において直接原告に右の趣旨を告げたところ、原告は、二度とも審理を受ける旨回答したが、更に翌十八日前記加賀町分室において厩橋一等海曹から又もや滝沢刑事を通じて被疑事実通知書の交付を受けると共に審理辞退の意向を訊ねられるや、いささか根負けした形となつて自棄も手伝い、遂に審理辞退届に署名指印し、右滝沢刑事を通じて厩橋一等海曹にこれを提出したところ、被告は、これに基づき早速同日付で原告を懲戒免職処分に付したことが認められる。而して、これらの事実によると、本件懲戒免職処分にあたつて、原告は、事前に被疑事実通知書の送達を受け、かつ未だ任意と認められる意志決定に基づき審理を辞退したことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果はにわかに措信しがたく、成立に争いない甲第五号証の一、二から認められる昭和三十二年十月十七、八日当時原告は勾留中で外部との接見及び物の授受を禁止されていたと言う事実も必ずしも右認定を妨げるに足るものではなく、(接見および物品授受禁止に違反してなされたこと自体は刑事訴訟法上違法であるが、そのために右審理辞退届が当然直ちに無効となるとは解せられない。)他に右認定を覆えすに足る証拠はない。なお、原告は、右審理辞退届は警察当局に強要されて判を押したものである旨主張し、原告がいささか根負けしてこれを提出するに至つたことはすでに認定したとおりであるが、本件全証拠によるも未だ原告主張の如く強要に因り辞退届を提出したという事実は認めがたく、また被告が審理を受ける旨明言している原告に対し再三に亘つて前記厩橋一等海曹をして審理辞退の意向を問い質せしめ、暗に審理辞退を促かしたことは、懲戒権者としての慎重、公正さにいささか欠けるところがないではないが、これとても前記認定の如く未だ原告の自由な意志決定を害うまでには至つていないと認められるので(この点に関する原告本人尋問の結果はにわかに措信しがたい。)、原告の右主張は採用するに由がない。

また、原告は、規律違反事実が同時に刑事事件に該当する場合には確定判決を得て始めて当該事実が明白で争う余地がないと言えるのであつて、原告が単に被疑者として捜査機関に取り調べられている段階において規律違反事実が明白で争う余地がないとしたのは違法である旨主張するので最後にこの点につき検討するのに、なるほど規律違反事実が同時に被疑事件として捜査機関に捜査されている場合には捜査の結果を待ち、もし刑事事件として裁判所に起訴せられて係属する場合には、ひとまず当該隊員を休職に付し、有罪判決をまつて始めて懲戒処分を行うことが妥当であり、その点では本件懲戒免職処分をした被告(但し、当時の地方総監海将吉田英三)には、自衛隊に対する世評を恐れ、いたずらに処分を急いだ結果、被懲戒処分者である原告の権利保護に対する配慮を欠いたうらみがあるが、規則第八十四条からも明らかな如く懲戒に付せらるべき事案が捜査機関で取調中ないしは裁判所に係属中であつても懲戒権者は必要と認めるときは捜査機関の処分ないしは刑事判決をまたずにその事案について懲戒手続を進めることができるものと言うべく、また前顕乙第一、第六、第七、第八、第二十三、第六十八号証、成立に争いのない乙第三号証、公文書であることにより真正に成立したものと推定すべき乙第十、第十一号証及び前顕証人岡田誠の証言によると、原告は、昭和三十二年十月七日本件規律違反事実を逮捕事実として神奈川県警察本部に逮捕され、引き続き勾留されていたものであるが、逮捕当初から訴外岡田誠より金一万円を受け取つたことはこれを認め、その趣旨についても当初は賄賂であることを否認していたが、十七日に至つてこれを認めるに至つたこと、贈賄者である右岡田誠は同月七日に杉本一等海曹に対し賄賂を供与したと言う別件によつて逮捕されていたが、本件贈賄事件についても翌八日にこれを自白していること及び原告と同じく武器課に所属し、原告と同様の職務にあつた杉本一等海曹及び川野一等海曹も原告と相前後して右岡田誠からの収賄容疑で逮捕され、いずれも逮捕後間もなくその事実を自白したことが認められるので、被告がこれらの事実から原告の規律違反事実が明白で争う余地がないものと判断したこともあながち不当なものとは認めがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。したがつて、この点に関する原告の違法、無効の主張も理由がない。

四、 (むすび)

以上のとおりであるから、被告が原告に対してなした本件懲戒免職処分は、その原由たる規律違反事実の認定について何らの事実誤認もなく、また、その懲戒手続については一、二妥当を欠く取扱いがないではないが、これとても重大かつ明白な瑕疵とは認めがたく、かつ右処分を取り消すまでの違法とも認められないので、本件懲戒免職処分は有効であり、その無効確認を求める原告の第一次的請求及びその取消を求める第二次的請求はいずれもその理由がないと言うべきである。

よつて、原告の請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 久利馨 若尾元 早川義郎)

(別紙)犯罪事実一覧表

(一) 原告は、昭和三二年四月二〇日頃、横浜市戸塚区戸塚町四九二三番地所在の株式会社和光電機製作所戸塚工場において岡田誠から、同会社が同年二月中旬頃横須賀地方総監蔀と契約した警備艦「はつひ」のTBL、TDE各送信機の修理工事(契約価格二十万円)および同「あさひ」のRAK、RBC、RBH受信機各一台の修理工事(同価格十一万八千円)等の競争入札に関し、その仕様書、予量書の作成にあたつて同会社を希望業者として推せんして貰つたことおよびその監督、検査等にあたつて穏便、便宜な取計らいを受けたことに対する謝礼として供与されるものであることを知りながら現金四万四千円を受け取つた。

(二) 原告は、同年五月二五日頃の年後一時過ぎ頃、横須賀市汐入町一丁目三番地旭野食堂において、岡田誠から、株式会社和光電機製作所が同年同月初旬頃横須賀地方総監部と契約した警備艦「かいどう」のMAR送受信機の修理工事(契約価格三万八千五百円)の競争入札に関し、その仕様書、予量書の作成にあたつて同会社を希望業者として推せんして貰うと共にその予量、予定価格等を内通して貰つたことに対する謝礼並びにその検査にあたつては穏便、便宜な取計らいを受けたい趣旨の謝礼として供与されるものであることを知りながら現金一万円を受け取つた。

(三)原告は、同年七月中旬頃、横須賀市田浦所在の横須賀地方総監部舟艇隊事務所附近において、小野正から、その頃株式会社和光電機製作所が横須賀地方総監部と契約し右小野正がそれを下請けした警備艦「さくら」のAN/ARC送受信機の修理工事(契約価格五万九千円)の競争入札に関し、その仕様書、予量書の作成にあたつて右和光電機製作所を希望業者として推せんすると共に同工事を落札した同会社との間に右小野正の下請けに廻すことに便宜な取計らいを受けたことに対する謝礼並びにその監督、検査等にあたつて、穏便、便宜な取計らいを受けたい趣旨の謝礼として自己に供与されるものであることを知りながら、同人をして富士電機製作所製スターテレビ・キツト一式(時価四万三千円相当)を自己の友人である横須賀地方総監部第一舟艇隊所属の海上自衛官二等海曹岩田務に無償で交付させてその供与を受けた。

(四) 原告は、同年八月一四日頃、株式会社和光電機製作所戸塚工場事務室において、岡田誠、小野正の両名から、同年六月中旬頃同会社が横須賀地方総監部と契約しその一部を小野正が同会社から下請をした警備艦「なら」、「さくら」および「わし」のRDZ受信機合計四台の修理工事(契約価格十五万三千五百円)に関し、右契約手続、同工事の監督および検査等にあたつて穏便、便宜な取計らいを受けたことに対する謝礼として供与されるものであることを知りながら右岡田誠の手を通じて現金三万円を受け取つた。

(五) 原告は、右同日頃、前記同戸塚工場事務室において、岡田誠から、同年七月下旬頃和光電機製作所が横須賀地方総監部と契約したTBS空中線素子九組の修理工事(契約価格二万九千円)の競争入札に関し、その予量、予定価格等を内通して貰うと共にその検査にあたつて穏便、便宜な取計らいを受けたことに対する謝礼として供与されるものであることを知りながら現金五千六百円を受け取つた。

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